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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)403号 判決 1977年3月25日

山口一馬訴訟承継人

上告人

山口みさを

外九名

右一〇名訴訟代理人

辻本幸臣

外三名

被上告人

帝人商事株式会社

右代表者

西田博

右訴訟代理人

河合宏

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人辻本幸臣、同松井康浩、同復代理人犀川季久、同小林正彦の上告理由について

原審が適法に確定した事実は、(一) 株式会社誠商会(以下「誠商会」という。)の代表取締役であつた亡山口慎一及びその父で取締役であつた山口一馬の両名は、昭和三三年九月一〇日、竹村棉業株式会社(以下「竹村棉業」という)と誠商会の間の繊維に関する継続的商取引に基づいて誠商会が竹村棉業に対して現在負担し及び将来負担すべき債務につき連帯保証をし、かつ右債務を担保するため、亡慎一はその所有の本件土地について、亡一馬はその所有する本件建物について、極度額を二〇〇万円とする根抵当権(共同抵当)の設定を約し、同時に同一契約書により代物弁済の予約をし、同月一八日竹村棉業のため根抵当権設定登記と所有権移転請求権保全の仮登記を経由した、(二) 右契約書には、誠商会が債務の履行を遅滞したときは、竹村棉業において継続的取引契約を解除し、その選択により、債権全額につき根抵権を実行しうるのは勿論、本件土地建物の価額を残存債権額と同額とみなし、あるいは竹村棉業が適正に認定した価額をもつて債務の弁済に代えて所有権を取得することができる、旨の条項がある、(三) 亡慎一は昭和三五年七月二五日死亡し、上告人山口敏子が相続によりその権利義務を承継し、また竹村棉業は商号変更及び合併を経て被上告人がその権利義務を承継した、(四) 亡一馬及び上告人敏子は本件土地建物を担保として竹内由一からも一一〇万円を借受けていたが、昭和四〇年六月ころ本件土地を竹内に対し四〇〇万円で売却し、かつ竹内に対し誠商会の債務の整理を依頼した、(五) 竹内は同年一〇月五日本件土地建物の第三取得者の立場で被上告人に対し、「被上告人から確定債権額として請求を受けた金二〇〇万円の支払いのため弁済の提供をしたが受領を拒まれた。」との原因で二〇〇万円を弁済供託したところ、被上告人は同年一二月一三日右供託金の還付を受け、同月二八日「放棄」を原因として本件土地建物についての前記根抵当権設定登記の抹消登記手続をした、(六) 被上告人の誠商会に対する債権額は、昭和四一年二月一〇日現在で一四〇〇万三二〇三円となり、被上告人は同日誠商会に対し継続的商取引を解除し、右金員を同月末日までに完済するよう催告したうて、上告人敏子及び亡一馬並びに本件建物を竹内から転得して第三取得者となつた上告人杉森王子に対し、同年三月九日付書面をもつて、前記代物弁済予約に基づき、本件土地建物を八〇〇万円と評価して右金額で予約完結権を行使する旨の意思表示をした、(七) 右予約完結権行使の当時における本件土地建物の適正な評価は右八〇〇万円が相当である、というのであり、原審は、以上の事実関係に基づき、被上告人が本件土地建物について取得した代物弁済予約に基づく仮登記上の権利は、誠商会との継続的商取引による現在及び将来の全債権を被担保債権として本件土地建物から優先弁済を受けることを目的とした担保権(いわゆる根仮登記担保権)であつて、根抵当と権と併用されている併用根仮登記担保権であるとはいえ、両者は別個の担保権であり、本件併用根仮登記担保権に基づき優先弁済を受ける権利の範囲は右の被担保債権の全部に及ぶ趣旨であるとし、したがつて、一部弁済があつて根抵当権が放棄されても、債権が残存する限り代物弁済予約完結権は消滅しないのであるから被上告人のした予約完結権の行使は有効であり、その意思表示の到達をもつて本件土地建物の所有権は確定的に上告人に帰属したものと判断した。

上告理由第二点は、被上告人が竹内のした二〇〇万円の弁済供託の還付を受けたうえ本件根抵当権を放棄したことにより、本件根仮登記担保権も消滅したと解すべきであると主張する。

しかし、被上告人が竹内に対し二〇〇万円の代価弁済を請求した事実はなく、また当時被上告人と誠商会の間の継続的商取引が解除されるに至らず本件根抵当権の担保すべき元本も極度額を超えたまま、なお未確定であつたのであり、かつ、右供託及びその還付の前後を通じて被上告人と竹内との間で交渉が続けられていたが右被担保債権額及び供託の趣旨について争いがあつたことは、原審が適法に確定したところであるから、右供託金の供託は代価弁済としての効力を生ぜず、またその還付は、被上告人にとつて債権の一部弁済としての効果を生ずるにとどまり、本件根抵当権の消滅をきたす理由はないのであり、本件根仮登記担保権もその極度額の如何にかかわりなく、消滅しなかつたものと解すべきである(その後、本件根抵当権設定登記が抹消されたのは、被上告人が根抵当権だけを任意に放棄したことによるものであるとみるべきである。)。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

上告理由第一点は、本件併用根仮登記担保権の極度額が本件根抵当権のそれと同額の二〇〇万円に限定されると解すべきであると主張する。

思うに、一定の継続的取引から発生する不特定の債権を担保するための独立の担保権として、不動産につき根仮登記担保権の設定契約をする場合においては、根抵当権の設定契約をする場合と同様に、契約当事者間において極度額(担保権設定者に対する関係での目的不動産についての責任の限度及び第三者に対する関係での優先弁済権の範囲)を定めるのが相当であるけれども、現行の不動産登記法のもとにおいては代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記について極度額を登記公示する手段を欠いているばかりでなく、仮登記担保権は、目的不動産を適正な評価額により換価処分しその換価金から債権の満足を得ることを内容とする担保権であつて、その債権の満足を受けうる範囲は通常目的不動産の適正な評価額を限度とするものであるから、極度額につき特段の定めがされない場合には、当該根仮登記担保権の極度額は、目的不動産の適正な評価額と同額と定める趣旨であると解するのが相当であり、この場合においては、目的不動産の価額の変動に応じて極度額も変動すると解するほかはない。

次に、同一の発生原因に基づく不特定の債権の担保のために根抵当権と根仮登記担保権とが併用された場合においては、後者が単に前者の担保権についての実行方法を特約したものにすぎないと認めるべき特段の事情がない限り、根仮登記担保権と根抵当権のいずれかの担保権の選択的な実行を許す趣旨であると解するのが、取引当事者の通常の意思に合致するものと考えられる(しかし、二つの担保権の競合的行使を許す趣旨であると解すべきではない(最高裁昭和四〇年(オ)第一一一〇号同四三年二月二九日第一小法廷判決・民集二二巻二号四五四頁参照。)。そうして、この場合においても、根仮登記担保権の極度額は、設定契約によつて根抵当権の極度額と同額と定めうることはいうまでもないが、このような特段の定めのない場合には、前記の理由により、目的不動産の適正な評価額と同額と定める趣旨であると解するのが相当である。このように解しても、併用根仮登記担保権の性質上、後順位権利者等の第三者としては、その仮登記の存在によつて、自己の権利の保全ができなくなる危険性を容易に予測できるのであるから、その保護に欠けるところはなく、また債務者にとつて不動産の担保価値の利用がその限りで制約を受けることがあるのは、現行法上やむをえないところといわなければならない。

これを本件についてみるのに、その設定契約書の文言及び本件継続的商取引の経緯に関する原判決認定の事実関係に照らすときは、本件の根抵当権及び根仮登記担保権は、一個の契約書により、同一の発生原因に基づく不特定の債権を担保するため、同一の不動産について設定されたものであつて、両者は併用されたものであるが、本件併用根仮登記担保権の極度額を本件根抵当権の極度額と同額の二〇〇万円とするとの約定があつたと認められないとした原審の認定は正当として是認することができ、他に一定の金額をもつてその極度額とする旨の合意があつたことは原審の確定しないところであるから、本件併用根仮登記担保権については、本件土地建物の適正な評価額をもつてその極度額とする趣旨であつたと解すべきである。そうすると、本件根仮登記担保権の極度額は、被上告人が本件代物弁済予約の完結の意思表示をした昭和四一年三月九日当時における本件土地建物の適正な評価額と同額の八〇〇万円であり、かつ、被上告人が当時有していた被担保債権の額は右金額を超えていたのであるから、右仮登記担保権の実行としての予約完結に際し清算金の提供は要しないのであり、被上告人は、右の意思表示によつて本件土地建物の所有権を取得したものというべきである。

したがつて、右と同趣旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 本林譲 栗本一夫)

上告代理人辻本幸臣、同松井康浩、同復理人犀川季久、同小林正彦の上告理由

一、第一点

原判決には、経験法則違反、審理不尽、理由不備の違法がある。

原判決は、「亡山口一馬および亡山口慎一が昭和三三年九月一〇日竹村棉業と誠商会との間の繊維に関する継続的商取引に基づき、誠商会が竹村棉業に対して現在負担し、かつ、将来負担すべき債務を連帯保証し、竹村棉業との間で右債務を担保するため、一馬はその所有にかかる本件建物について、慎一はその所有にかかる本件土地について、元本極度額二〇〇万円とする根抵当権を設定し、同時に右物件について債権担保の実質を有する代物弁済予約を締結し」た事実を認定しているが、右代物弁済予約(以下本件代物弁済予約という)については、これによつて竹村棉業が優先弁済を受けうる範囲は金二〇〇万円であることが証拠上明らかであるにも拘らず、右金額は根抵当権のみについての元本極度額であり、代物弁済に基づいて優先弁済を受けうる債権の範囲を定めたものではないと解釈している。これは、本件代物弁済予約の解釈を誤つたものであり、経験則違反、審理不尽ないし判断の遺脱および理由不備の違法がある。

(一) 本件代物弁済予約に基づく優先弁済権の範囲は金二〇〇万円であることが契約書の記載文言自体によつて明らかである。

本件代物弁済予約の契約書である甲第一号証を検討しよう。

同契約書によれば根抵当権の設定と代物弁済予約が同時に一通の契約書によつてなされており、その冒頭に「……(株式会社誠商会が負担する債務を担保する物件について)左記の通り貴社(竹村棉業)を権利者とする根抵当権の設定契約並に代物弁済の予約を致します」と記載され、その第一条には「本契約に依り担保すべき債務極度額は之を金二〇〇万円とす。」と記載されている。(傍点上告人)

従つて、金二〇〇万円というのは、単に本件根抵当権の債務元本極度額であるのではなく、同時に、本件代物弁済予約に基づいて優先弁済を受けうる債権の範囲でもあると解しなければならない。けだし、右の「本契約」の語が単に根抵当権設定契約のみを指すものではなく、根抵当権設定契約と代物弁済予約とが結合した一個の担保権設定契約を指していることは言をまたないからである。

(二) 仮に本件代物弁済予約の優先弁済権の範囲が二〇〇万円であることが甲第一号証の記載文言自体から一義的に明白とまではいえないにしても、右の記載文言と他の諸般の事情(すなわち担保提供者たる亡山口一馬及び亡山口慎一は債務者本人ではなく、物上保証人であることなど)を綜合的に観察すれば、当事者の合理的な意思解釈として、同人らが、被担保債権二〇〇万円を限度として担保を提供しようとする意思であつたことは一見明白である。

すなわち、本件の担保権設定契約については、

1 担保権設定者が物上保証人であつて、債務者本人ではなく、

2 根抵当権設定と代物弁済予約が同一の契約書で同時になされており、

3 両者の被担保債権は同一であり、

4 担保物件も同一であるうえに、

5 前に指摘した内容の文言が契約第一条に記載されている

などの諸事情があるのであるから、契約の当事者の合理的な意思解釈としては、根抵当権のみならず、代物弁済予約についても共通に、担保物件によつて担保される債権の限度額を定めたものと解するべきである。

すなわち、一馬及び慎一は金二〇〇万円の限度で誠商会の債務を担保するために根抵当権と代物弁済予約という二つの担保権を設定したものである。根抵当権も代物弁済予約も二つの異る債権を別々に担保するのではなく、いずれも同一の被担保債権(誠商会の債務)を担保するための二つの担保権なのであるから、その二つの担保権が共通に担保している被担保債権の限度額を定めた場合には、いずれの担保権を行使しても、優先弁済を受けうる範囲は右限度額に限られると解すべきである。

周知のとおり、近時の判例の動向によれば、代物弁済予約の債権担保機能が重視され、代物弁済の予約は被担保債権の範囲内で優先弁済を受ける担保権の一形態であつて抵当権との差異は次第に担保権実行面での差異のみに限られるような理論構成がとられるようになつて来ているが、この動向は代物弁済予約の法律効果を判断するに当り、契約当事者の合理的な意思解釈を基底におきつつ、代物弁済予約に合理的な理由なくして担保権設定契約を超えた効果を付与すべきではない、という信義則を貫くものであつて、上告人の右主張と軌を一にするものである。

(三) 以上のとおり、本件代物弁済予約の被担保債権限度額は金二〇〇万円であることが、契約当事者の正しい意思解釈であるにも拘らず、原判決が優先弁済を受けるべき債権の範囲について規定している甲第一号証第一条記載の金二〇〇万円の極度額は根抵当権のみについての極度額であると認定したことは独断であり且つ、(二)に述べた諸事情を考慮することなく、本件代物弁済予約に被担保債権限度額の定めは存しないと解釈したことは、本件代物弁済予約の契約の解釈を誤つたものである。(若し、原判決のように、債権者が代物弁済予約によつて常に担保物件の所有権全部の価格を把握するものと解するならば、物上保証人たる一馬及び慎一が甲第一号証の契約書第一条で極度額を定めたことは殆んど全く無意味になつてしまう。)

(四) 原判決は、一般論として、「代物弁済予約と根抵当権設定契約とは別個の契約であるから、その優先弁済を受けるべき債権の範囲は、本件代物弁済予約が被担保債権元本極度額を二〇〇万円とする本件土地建物についての根抵当権設定契約と同時に締結されたからといつて、右根抵当権の被担保債権元本極度額と同額に限定されるものと判断することはできない」と述べている。右の判断が、甲第一号証の契約書第一条記載の金二〇〇万円が根抵当権のみの被担保債権極度額であると解釈している点において既に本件代物弁済予約の解釈を誤つているのは前記のとおりである。

原判決は、右の部分に続けて、さらに、「かえつて、」「被控訴人は訴外竹内由一、同斎木捨二が本件根抵当権極度額二〇〇万円を代位弁済した昭和四〇年一〇月五日当時、誠商会との継続的取引に基づき、およそ二、〇〇〇万円に達する債権を有したものであつて、本件代物弁済予約によつて優先弁済を受けるべき債権の範囲は誠商会との継続的取引に基づく右債権の全部に及ぶ趣旨であろうと認めるのが相当である。」という判断を示している(傍点は上告人)が、右の論旨は独断も甚しいものといわなければならない。

仮に、原判決のように契約書第一条の記載を根抵当権のみについての債権極度額の定めだと解したとしても、同時に代物弁済予約がなされているのであるから、その優先弁済権の範囲が金二〇〇万円に限定されるか否かを判断する場合には、少くとも、契約当事者の意思、担保提供者が債務者本人か第三者か、一通の契約書に同時に記載されているか、当時の物件の価格等について審理を遂げたうえ、慎重に契約の解釈を行なうべきであるのに、原判決の右記載によれば、これ等の事情を全く審理、考慮することなく、右傍点部分の事実のみを根拠として、代物弁済予約の優先弁済権の範囲は二〇〇万円に限定されないと「即断」して代物弁済予約の解釈を誤まつていることは明らかであり、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽ないし判断の遺脱および理由不備の違法がある。

<以下省略>

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